最近、仕事でAIを使うことがかなり当たり前になってきました。

AIを使って業務を効率化した。 AIによる分析を営業活動に取り入れた。 AIを活用したことで、これまでとは違う成果につながった。

そんな事例を聞く機会も増えています。

私自身も日常的にAIを使っていますし、仕事でもデザインでもWeb制作でも、AIを使わない日はほとんどありません。

だからこそ最近、少し意識するようになったことがあります。

その成果は、AIがすごかったのか。それとも、AIを使った自分に何か価値があったのか。

この2つを、きちんと分けて考えたほうがいいのではないか、ということです。

これはAI活用事例を発表する側だけではなく、それを聞いたり評価したりする側にも必要な視点だと思っています。

AIを使ったこと自体は、成果ではない

例えば営業活動の中で、AIを使って市場や環境を分析し、それをもとに活動方法や話法を考えたとします。

その後、営業成績が上がった。

ここで、

「AIを活用して分析した結果、営業成績が上がりました」

と説明することはできます。

ただ、私が気になるのはその間です。

本当にその分析が成果につながったのか。

AIが出した分析結果のどこに着目したのか。 そこから自分は何を考えたのか。 実際の活動をどう変えたのか。 相手の反応を見ながら、さらに何を修正したのか。

そこまで整理して初めて、

AIを使った経験が、自分の営業力の向上につながった

と言えるのではないかと思っています。

単純にAIへ情報を入力して、すごい分析結果が返ってきた。

それだけなら、「AIを使った」という事実でしかありません。

もちろん、最初にAIを触ってみることは大切です。

ただ、それだけを自分自身の能力として捉えてしまうと、少し違う気がしています。

「AIがすごい」と「自分がすごい」を分けて考える

AIを使っていると、本当に驚くようなアウトプットが返ってくることがあります。

自分では整理できなかった大量の情報を分析してくれたり、思いつかなかった切り口を提示してくれたりする。

すると、つい誰かに共有したくなります。

「こんな分析ができた」 「こんな資料が作れた」

という話をしたくなる気持ちも、私自身よく分かります。

ただ、そのときに一度考えたいのが、

これは自分がすごいのか、それともAIがすごいのか。

ということです。

AIが非常に優れた分析をしたのであれば、それは基本的にはAIの能力です。

そこに対して自分がどんな情報を与え、何を判断し、どう現実の行動につなげたのか。

私はそこに、人間側の価値が出ると思っています。

AIを使ったこと自体が評価されやすい今

一方で、今は少し特殊な時期でもあると感じています。

企業もAI環境を整えるために投資をしています。

そのため、

「AIを使ってください」 「AI活用事例を増やしてください」

という方向になるのは自然だと思います。

すると、AIによって何が変わったかだけではなく、

AIを使ったことそのものが評価される

という状況も起こります。

私はここに、少し違和感があります。

AI活用が始まったばかりの段階では、それでもいいのかもしれません。

ただ、この状態が続いてしまうと、

「AIを使った人がすごい」

という評価になりかねません。

でも、おそらくAIを使うこと自体は、これからもっと普通のことになっていくと思っています。

スマートフォンと同じように、AIも前提条件になる

昔、携帯電話からスマートフォンへ移行していった時期がありました。

今ではスマートフォンでLINEをしたり、検索をしたり、地図を見たりすることは当たり前です。

「スマートフォンを使って検索しました」

と言っても、それ自体をすごいとはあまり感じません。

AIもいずれ、同じようになるのではないかと思っています。

AIを使って調べる。 AIを使って文章を整理する。 AIを使って資料を作る。

そうしたこと自体が、仕事をするうえでの前提条件になっていく。

そう考えると、今

「AIを使ってこんなことができた」

というところだけで満足してしまうのは少し危ない気がします。

AIを使った結果、

自分は何ができるようになったのか。

そこまで振り返ることが大切だと思っています。

AIを使った後に、自分に何が残ったか

私自身、AI活用を自分のリスキリングにもつなげたいと思っています。

だから、AIを使ったあとに自分の中へ何が残ったのかを意識しています。

例えばAIを使って分析したのであれば、その考え方を次の仕事でも使えるのか。

AIと一緒に提案を考えたのであれば、そのプロセスを別の案件でも再現できるのか。

AIに言われた通りに動いただけなのか、それともAIとのやり取りを通じて、自分自身の判断基準が増えたのか。

この違いはかなり大きいと思います。

アウトプットして、再現できる状態になって初めて、自分のスキルに近づいていく。

私はそんな感覚でAIと向き合っています。

AIに任せる仕事と、自分の価値を出す仕事

もう一つ、最近意識しているのが、仕事を分けて考えることです。

誰がやっても最終的な結果がそれほど変わらず、違いが出るのは作業時間くらい。

そういう仕事では、AIをどんどん使えばいいと思っています。

文章を整える。 情報を整理する。 データを分類する。

こうした領域は、効率化できるのであれば積極的にAIへ任せたいです。

一方で、自分自身の価値が出る仕事もあります。

相手との関係を作ること。 相手の話を聞くこと。 何を提案するのか判断すること。 その場の状況から考えること。

こうした仕事については、AIを使いながらも、

「自分じゃなければ、同じ結果にはならなかった部分はどこか」

を意識したいと思っています。

AIを使ったかどうかではなく、

「この人の何とAIが掛け合わさったから、この成果につながったのか」

というところを見る。

AI活用事例を聞く側にも、評価する側にも、そんな視点が必要なのではないかと思っています。

デザインで残したい「自分じゃないとできない部分」

これは、私が行っているデザインの仕事でも同じです。

今はAIに、

「名刺を作って」

と指示すれば、ある程度のものは作れます。

Webサイトも、画像も、キャッチコピーも作れます。

だからこそ私は、ヒアリングをこれまで以上に大切にしたいと思っています。

相手と話をしながら、

何を大事にしているのか。 なぜその仕事をしているのか。 本人もまだ言語化できていない思いは何なのか。

そうした部分を聞いていく。

そして、そこからデザインや言葉に落とし込んでいく。

AIに本人が直接「名刺を作って」と頼んだだけでは、たどり着かなかったかもしれない形を作る。

そこには、AIだけでは完結しない仕事があると思っています。

もちろん、その後の制作ではAIも使います。

アイデアを広げたり、情報を整理したり、制作を効率化したり。

ただ、最終的な価値は、

AIを使ったことではなく、その人の思いをどこまで引き出して形にできたか。

そこに置いておきたいと思っています。

自分じゃないとできないことを考え続けたい

AIはこれからも進化していくと思います。

今は自分にしかできないと思っていることも、数年後にはAIができるようになっているかもしれません。

だから、一度「自分の強み」を決めて終わりではなく、考え続ける必要があるのだと思います。

AIを使ったことを成果にしない。

AIが生み出したものを、自分の能力と混同しない。

AIを使った結果として、自分に何が残ったのかを見る。

そして、自分とAIが掛け合わさったときに、どんな価値を生み出せるのかを考える。

これは誰かに向けてというより、最近の自分自身への戒めに近い話でもあります。

AIを毎日使っているからこそ、

「AIを使える自分」ではなく、「AIを使って何を生み出せる自分なのか」

という部分を、これからも意識して仕事をしていきたいと思っています。